無宗教のくせに仏式で葬儀をあげ、その後神道

Writer: admin Type: schwart Date: 2019-01-18 00:00
無宗教のくせに仏式で葬儀をあげ、その後神道へ改宗したい場合。母が亡くなり、亡くなった本人含め家族の誰もが特定の宗教信仰がなく、無宗教で葬儀を行う予定でしたが、遠い親戚(浄土宗)が読経くらいしたほうが良いということで、葬儀当日は檀家でなくても読経して頂けるお坊さん(臨済宗)に来て頂き、お経を読んで頂きました。その後、四十九日は法事らしい事はせず、葬儀の時のお坊さんも呼ばず、親族で集まるのみにしました。仏壇も用意していなければ納骨もまだ。四十九日後、祖母の希望で祖母宅に骨壷を移動することになりました。現在は、自宅と祖母の家の両方で毎日線香を上げている状況です。ここまで仏教に倣って進めてきましたが、私個人で色々調べているうち仏教の考えが合わず、神道のほうが自分の思想に合っているなと感じ、一周忌(一年祭)で納骨する際に神道に倣って進めたいと考えています。ただ、現時点でさほど知識もなければ、そこまでの信仰心もありません。◆このケースではそもそも改宗と呼ぶのでしょうか?元々お寺との付き合いもなく、四十九日法要もお坊さんを呼ばなかったくらいですから、どちらかといえば無宗教で葬儀を済ませ、途中からやっぱ神道で祀りたいという話のほうが神職の方に伝わり易いでしょうか。そもそも、そういった事を認めて下さるのでしょうか。◆祖母(骨壷保管)は神道について難色を示している祖母は自分の宗派も知らなかったくせに、仏教にこだわりたいようです。(仏壇もないし、本尊もなければ、現在の仏具の飾り方も間違いだらけ)現在位牌も白木位牌のままの状態です。私が霊璽を用意した場合には位牌と霊璽が混在することになってしまいますが、大丈夫でしょうか。結局のところ、祖母にも神道へ改宗してもらうのが一番簡単ですか?一番良いのはそれぞれの家で別の宗教、というのが良いのでしょうけれど納骨時には必ず仏教か神道かどちらかでやらないといけないですよね…。◆神道では祖霊舎が必ず必要か仏教では必ずしも仏壇を用意する必要はないと認識しております。神道ではちゃんとした祖霊舎を用意できるまでは、下手に中途半端に神具や榊だけ置くよりかは、何もしないほうが良いでしょうか。この程度の知識では、そもそも神道に変えたいなどという考えは浅はかであり、いっそ無宗教にして供養を一切やめてしまうほうが良いのでしょうか。何らかの形で供養したいという気持ちがあり、どうせなら仏教より神道という感じです。大した信仰心もない状態で仏教の真似をして線香を上げ続ける日々に疑問を感じて質問させて頂きました。宜しくお願いいたします。この質問は、活躍中のチエリアン・専門家に回答をリクエストしました。###皆さんと相談して決めたらいいと思います。質問者さまが神道に魅力を感じたのならそれを皆さんに(主にお祖母さまですかね)話されたらいいと思います。お祖母さまの仏具の飾り方などが気にされているようですが基本的にはお祖母さまがそれで安心されているのならかまわないと思います。もちろんちゃんとした理由があって本来あるべき飾り方があるのですが、宗教の究極の目的は安心ですからそこを満たせているのならかまわないでしょう。僧侶である私が言っちゃ駄目なことかも知れませんが日本の多くの仏教はよくも悪くも「いいかげん」です。それを言葉通りに「いいかげん」ととらえるか「良い加減」ととらえるかはそれぞれです。質問者さまはきっと真面目なんでしょうね。あるべき祀り方があってそれに沿う形で物事をすすめることで安心される方も多くいます。一方で気持ちさえあれば形式はほどほどでいいという方もいます。お祖母さまとしっかり相談して下さい。質問者さまもお祖母さまも安心できるような形に落ち着くことを願っています。ナイス0
###ご回答ありがとうございます。実は神道の魅力より、仏教に対しての不信感が勝っており既に削除はされていますが、先日もこの質問に対して「四十九日を過ぎて納骨してないのが大問題」「白木位牌のままだと魂がまだ彷徨っている」などと批判をする方がいて、反論したら「地獄へ落ちればいい」と返した方がいました。この方の過去の回答履歴等を探ってみると、熱心な仏教徒のようで自分の考えが絶対という感じでした。少々脱線しましたが、このように人によって考えが違い中には考えが合わない人間に対して攻撃的になる人までいるので、仏教がハッキリ言って嫌いになりました。実際のところ、四十九日過ぎ骨壷を自宅保管しているのは、世間ではまだ「非常識」と思う方のほうが多いでしょう。「正しい形」を意識するのもこのような事情がありました。やはり、形はそこまでしっかりしてなくとも、本人が納得・満足の上で供養していれば問題は無いのですよね。
###うちの父が亡くなった時は父の意向で無宗教でお葬式を行いました。父が神道の家に生まれ色々と知識があったのと、父自身が祭事が出来る人だったので自分の時は必要ないという理由でした。納骨は最近流行りの樹木葬にしました。これも父の希望です。この場合、納骨の際にはお坊さんを呼ぶか呼ばないかも自由ですし、呼ばない場合も係りの人が入って進めてくれます。お母様の行く先がどちらになるかで今後変わってくると思われるのであなた方に合うところへ納骨されると良いと思います。おばあちゃんとしての気持ちは、宗教には詳しくなかったが、だからといって無宗教で進めるときちんと弔っていないような可哀想な気がするから嫌なだけで、無宗教だからといって適当にするわけじゃないということをわかってもらえれば、どこだって構わないはずです。そこのところ、葬儀屋さんにでも入ってもらって話をすれば納得されるんじゃないかなと思いますよ。ナイス0
###考え方がおかしいよね仏教が気に食わないんだったら自分の墓だけ神道にして他の墓地に造ればいいでしょうに他の方は仏式で納得しているんだからそれが供養です今生きている者の都合じゃないでしょナイス0
###神道の霊璽や墓や祖霊舎などについては全国統一ではなく、その地域の伝統に従う方式です。それから、供養や慰霊は、1つに統一すべきです。また、どのようにするのか、書式にしっかりまとめ、家族や親戚や墓所関係者、寺、神社関係者の全員同意でサインをもらっておきます。この書面まとめをせずに、実行すると、かならずトラブルに巻き込まれるでしょう。ナイス0
###宗教は自由ですから改宗されても構いません。しかし大切な事は、その宗教を信心することが肝要です。今、無宗教と言われる人が多いですね。それは間違いです。宗教の真の意味を知らない人が多いからですね。宗教の「宗」は中心という意味です。人間としていのちを賜り、真の人間の生き方を教えてくれるのが宗教です。ものを願うものではありません。神道の事は良く解りませんが、仏教徒であるならば、仏壇(お内仏)が必要となります。亡き人の対話の場でもありますし、仏様から問われる場でもあります。「お前の生き方はそれで良いのかと」問われる場です。自分を見つめる鏡と言っても良いでしょう。合掌寺の住職より。ナイス0

 

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