東海道新幹線の開業時は、新横浜駅には「こだ

Writer: admin Type: schwart Date: 2019-02-10 00:00
東海道新幹線の開業時は、新横浜駅には「こだま」しか停車していませんでしたが、その当時、横浜から大阪に向かう場合は各駅停車の「こだま」で大阪に向かうケースが多かったのでしょうか。それとも在来線で東京まで向かい「ひかり」を利用するケースのほうが多かったのでしょうか?共感した0###開業当時は、途中駅での追い抜き待ちが無かったのと、「こだま」号の方が料金が安かったので、「こだま」号で新横浜駅~新大阪駅の区間を行った場合が多かっただろうと思われます。http://chuplus.jp/blog/article/detail.php?comment_id=2821&comment_s...ナイス1
###開業当時なら新幹線は高かったので在来線にまだ走っていた急行も使われていました。一般の人だとまだ普通列車での移動も有りました。飛行機は更に高かったので一般人はまず使いません。在来線や私鉄等で東京に出たのはもっと後のダイヤが複雑化した後ですね。なお横浜線が全線単線だった頃は地上駅で平面交差だった菊名で東横線に乗り換える人も大勢いましたが東神奈川乗換も多かったです。とはいえ4両程度で十分だったんですが。横浜市北部が急速に都市化が進むのは昭和40年代に入ってからです。ナイス0
###開業当時ならば、東京~大阪にまだ急行が運転されていましたから、横浜からならば小田原まで急行で言って乗り換えた人もいたかもしれません。横浜から新横浜は、まず東神奈川で乗り換えになりましたし、横浜線も現在みたいに本数はありませんでした。小机から先は単線でしたしね。ナイス0

 

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